かてぃー先生の日記

国語の先生(女)。仕事とか私事とかいろいろ書くよ。

私は私の可能性をまだ諦めるときじゃない

8月になりました。ぱっとしない天気だなー。

夏なら夏らしく、暑くて息苦しいくらいで構わないのに。涼しいのは秋からで結構。

私に夏を堪能させて!

 

さてさて、記事のタイトルがポエム臭いけど(笑)、これ私がいつも思ってること。

嫌なこととかあったら、こう考えるようにしてる。で、最近これよく考える。

つまり、嫌なことがあるってことである。笑笑

いや、積極的な嫌なことではないんだけども、ずーっと言ってる通りのもやもやの件で。

 

単刀直入に言えば、仕事を心から楽しめない!

すごーく嫌なことがあるわけでもない。仕事に失敗したわけでもない。

まあ仕事量は多いけど、教員としては許容範囲。

明確な不満があるっていうより、ずーっと漠然とした不安があって、まさに「得体の知れない不吉な塊」。←国語教師なら分かるはず。笑

時間出来たから、何が不安なんだろうって考えてた。

最初は、来年・再来年とどんどん忙しくなってしまうであろうことへの不安かなって思ってた。

まあこれはある。でもこれだけだと50%くらいしか正解じゃない。

自分の仕事の意義が無いかもって話も前に書いた気がするけど、それだけが正解ってわけでもない。

自分の可能性が削られていく不安。これが一番近いって気づいた。

 

 

正直、私は今の場所にに永住するつもりはない。

じゃあ何で働いてるのかと言えば、ひとえに自分の経験値を上げるため。

現金な話をすれば履歴書上の箔を付けたかったし、真面目な話をすれば経験を積んで成長したいと思ったから。

もちろん、仕事に打ち込む気はまんまんだった。だって仕事を通してしか成長はありえないから。

むしろ、仕事が自分の成長に直結するタイプの仕事だと思ってた。

だけど、3か月働いてみて、「あれ?」って思うことがぽろぽろ出て来た。

最大の「あれ?」は、「これ、私成長してる?」ってこと。

もっと言うと「これ、私の未来に繋がるような成長してる?」、そんな感じ。

この3ヶ月、私が多分一番蔑ろにしてたのが教科の内容。

教材研究が最も労力を割かなかったことだと思う。

でも、ぶっちゃけ一番ボロが出なかったのも教科の授業。 取り繕うのが上手いのかもしらないけど。

そうなると、授業準備がどんどん後回しになる。だって他の仕事が積もってるから。

私がこの3ヶ月で労力を割いたのは、課題を「やらせる」こと、なるべく秩序あるクラスを作ること、諸々の生徒の対応。

でも、それってこの職場水準でしか使えなくない?

私はもっと色んな所を見ようと思ってるのに。こういう能力、例えばうちの母校に就職したらいらないよ?

そもそも、それって先生がやること?

 

教科に対する能力だって、身に付いていないわけじゃない。

授業内容をうーんと噛み砕いた試験を量産することとか、くそ忙しくて準備できなくてもどーにか授業をやり過ごすこととか、試験に帳尻を合わせて授業することとか。

でも、それも私が特別工夫して出来るようになったことでもない。多分、もともと出来たけどやる機会がなかっただけのこと。

そして、この程度の能力って、別に一般の人でも普通に持ってる。ただ使う機会がないだけで。

そうしたら、先生って何なの?ってなる。

先生としての専門能力があるんじゃなくて、たまたま先生になった人がポテンシャル発揮してるだけなの?って思う。

 

 

私は今で培った能力の貯金を切り売りしてるだけで、何も成長してないのではないか。

そして、貯金は出ていくばかりで、何も入ってこず、さらに年を重ねて色んな事が不利になる一方ではないか。

これが私の不安の正体。

 

仕事で伸びないなら、オフで自分で勉強して、って思うと、次は仕事が邪魔になってしまう。そうすると仕事が嫌になるし、何のために仕事してるのかわけわかんなくなる。

そしたら、成長するどころか、仕事の為の勉強すら嫌になってしまう。

ずっと先のことを見据えているのに、目の前のことに足を掬われてるのが、焦燥感とか矛盾感になってたんじゃないかと思う。

 

でも、ゆっくり考えてみて思った。

いずれ今の場所を去るとしても、居る間はこの場所に全力を費やすべきなのではないか。

「ここはゴールではなくステップ」、そう思うなら、踏み台として最大限使いこなさなきゃ。

もやもやしてる間、嫌と言うほど先のことは考えた。多分、考えて、現時点でこれ以上考える余地が無い所までは来ている。

そうしたらもう、今出来るのは、目の前にある環境を使えるだけ使いきって自分を伸ばすこと。

それが思ってたのと別分野の能力だったとしても、伸びないよりはよっぽどいい。

 

私はここで尽くせるだけのベストを、まだ尽くしていない。

 

もやもやを吹き飛ばせるぐらい、目の前のことに没頭したい。

それは別に、未来を棄てる行為ではないから。

むしろ、今の場所をちゃんと次へのステップへ繋げるための手段だから。

色んなことを俯瞰しようとして冷静になってたし、もちろんそれは大事な視点でもあるけれど(メタ認知!笑)、もう充分考えた。

次はがむしゃらにやるターンでいい。

 

これでいいのか?っていう漠然とした不安はあるけど、そもそも「これでいい」わけじゃない。これはゴールじゃないから。

今必死にやることは、これからを切り開く武器になるはずだから。だから、辛くても大変でも別に絶望する必要はない。

私は今、未来を広げるという作業中だから。

 

私はまだ私の可能性を諦めるときじゃないのだ。