かてぃー先生の日記

国語の先生(女)。仕事とか私事とかいろいろ書くよ。

「この世界の片隅に」を見た感想

やーーーーっと見れました!

先月ふらっと見に行こうとして、上映2時間前に映画館行ったら売り切れで見られず。

今回はあさイチににチケット買いに行ったこともあり、無事見られました。

でも、上映始まったらほぼ席埋まってた!

さて、感想行ってみましょう。

 

原爆・戦争の話だけど、戦争感は薄い

戦争時代の話で、映画終盤でも原爆落ちている。

でも、「戦争の話」ではない。

私が見たことのある「戦争モノ」は「永遠の0」ぐらいだけど、ああいう「戦争にフォーカスした映画」ではなく、あくまで一般人の日常を描いた作品。

一般人の日常に戦争が影を落とす様子を切り取った作品とでも言うか。

 

のんびりしてる(というかトロいというか)主人公のすずが嫁に行き、そこで彼女を取り巻く人々との物語。

多分時代設定が戦時下じゃなければ、普通に心温まるヒューマンドラマ。

 

反戦モノとか、戦争の悲惨さを謳っているわけではないので、この映画から何を読み取るのかは結構人によって違うとは思うけど、以下、私が感じたこと。

 

選ばれなかった選択肢

一つの重要なテーマに、「人生は、たくさんの選ばれなかった選択肢を水面下に積み上げた上に成り立っている」ということがあると思う。

すずの義理の姉の「自分は人生を自分で選んできたから、色々な不幸があっても後悔していない。でも、すずは自分で選んだわけでもなくここにいるから可哀そう」みたいな台詞があったはず。

でも、自分で選んだからと言って最良の選択とは限らないし、そもそも無意識に消している選択肢だってあるはず。あと選びたくても選べない選択肢とか。

すずも「選ばれなかった選択肢」に思いをはせるシーン(自身の結婚とか今の境遇)があるけれど、これは「今の状況に満足している」って意味合いだと思われる。

義理の姉と違ってすずは自分で選択していないんだけど、夫が選択肢を与えたというか、半強制的に選択させたわけだけど、それによって「居場所を与えられた」とすずが感じているのは興味深かった。

 

自分の居場所

すずにとっての居場所は夫が与えてくれたもので、自分でも納得している。

義理の姉は自力で色々探した結果行きついた実家。

遊郭の女の子の居場所は、最適な居場所と自分で認識していないだろうけど、選択の余地なしの遊郭

自分で居場所を選択したり切り開いたりする人もいるだろうけど、外的要因から逃れられないことだって多いはず。

すずにとって、居場所は夫に与えてもらったもので、それが今の人生を作っている。

すず本人も頑張っていたとは言え、与えてもらうのが大半だった居場所を、最後に孤児の子に与える側に回っているっていうのは、何か映画の一つのメッセージに思えた。

 

幸せな家族関係がうらやましい!!

主人公のすずは、遠方から一人で義両親のとこに嫁に来るわけで、さらにそこに義理の姉とその娘(=姪)までやってくる。

私、この状況だったら絶対ストレス抱えるって…。

何か人間関係の問題が噴出するのではないかと思ってはらはらしてたけど、それはほぼ何もない。

すずと元同級生と夫の三角関係ちっくな状況に陥ったあのシーンでさえ、若干もめたとは言え、全然平和的。

人間関係が破たんしたらどうしようと思って(私チキンだから、そういうシーン本当に胸が痛む。あんま見ないようにしている。笑)冷や冷やしていたけど、とにかく幸せそうだった。

特に、すずと夫の関係がほぼほぼラブラブで、そこが真剣にうらやましかった…多分そういう見方をする映画ではないと思うんだけど。笑

 

絵と非現実感

すずが絵を描くことがこの映画では重要な行動だと思うんだけど、その効果が良く出ていたと思うのが畑での空爆のシーン。

危機的状況に居るのに、絵に描きたくなっちゃうその感じ、わかる気がする。

あと空爆の煙がカラフルだったのも、非現実感を彷彿させる。

爆撃されたことも、生命の危機に瀕したこともないけど、もし生きるか死ぬかの状況に陥ったら、きっとあんな風に感じるだろうなと思った。

あと、序盤の海の絵を描いてあげるシーン。あれは、同級生が嫌いな海を、良いほうのイメージで描いたという意味で、非現実感があると思う。

すずにとって、絵を描くってことは、自分の中を整理することになっているのかな。口下手なだけに、絵で気持ちをまとめてるのかな。

 

戦時下ということに着目するなら

ここまで、あまり戦争がらみの感想なし。というのも、先に述べた通り、この作品があくまで日常を描いたものだから。

でも、その日常に「戦争」という異物が入ってくるとどうなるのか。

当たり前の日常を丁寧に描いて行ったからこそ、そういう視点が浮き彫りになると思う。

まず、戦争が日常に入り込むことで、選択肢に変化が起こる。

選びたくても選べない選択肢の割合が増える。

あと、どの選択肢を取るかによって生じる結果の落差が大きくなる。これは姪が亡くなるシーンから思った。

あとは、戦争があっても、力強く日常は進んでいくということ。

この作品、人が死ぬシーンはほぼ無しで、すずの兄やら両親やら義理の兄やら死んでるはずなんだけど、本当にさらっと書かれている。(姪を除く)

「兄が死んでよかった」と思っていることを歪んでいるととらえているシーンがあるんだけど、それって日常の力の強大さと言えるんじゃないだろうか。

多分この話が進めば、すずの妹も死ぬんだろうけど、それさえも日常にのみ込まれそうな気がする。

そうして進んでいく日常の中で色んな選択があり、実現されなかった世界が無数にあり、今生きている世界がまるで夢のように思えるかもしれないけどそれが日常であると言うか。

 

まとめ

感想がぐだぐだなんだけど、最後うるっときた。

日常の尊さとか、はかなさとか。何にしんみり来たのかわからないけど、なんとなく切なくなる。

状況が違いすぎるけど、自分の人生に重ね合わせたくなるものがあった。

映画後、前にいたおばさんが「何が面白いのかわからなかった」って言ってたけど、確かにこの映画は、自分でストーリーを作っていけないとちょっと退屈かもしれない。

この映画を見て何を思うのか、見た人に是非聞いてみたい。

 

 

 

ちょっと答え合わせしたくなっちゃって、映画観終わったらその足で紀伊国屋行って買った。

私の考えていたのとはまた違う視点がたくさんあって面白い。

 

こういう作品こそ、良作と言うと思うんですよね。